振り返りをする中で、自分の今までの理解を改めたり、新しいことを学ぶ時、今までの自分の理解を改めたりする場面がある。 自分の中にあるものが、コダワリなのかトラワレなのか、見つめ直す場面での所作における考えを書いてみる。
健全なアンラーニング
世にいうアンラーニングではあるが、ちょっとでも楽しめるようなHowを持っておかないとただ疑心暗鬼になってしまう。コダワリなのか、トラワレなのかを疑いながら現実を見つめ直す営みそれ自体は、大切な試みだと思う。が、無限に疑心暗鬼してしまったり、自分の普段の行動に強烈なブレーキをかけてしまったり、自己否定してしまったり、そういうのはきっと"健全な"アンラーニングではないのかなと思う。
楽しく健全なアンラーニング
自分を起点とした試行錯誤をする方法
普段とは違う意思決定をしてみて継続的に別のアプローチを試してみる。 「普段は自分がファシリテーターばかりしていたけど、聞く側に徹してみる」「いつも効率を優先しているけど、あえて効率重視ではなく「寄り道」してみる」みたいな。
自分の行動を先に変えてみるという実験と遊びの活動をしてみて、そこから得られる結果や考察をベースに振り返りをしてみるという方法。
哲学を深め続けるのではなく、行動を先に変えてみて、その結果を振り返る。
自分を含めた関係性・構造を起点とした試行錯誤をする方法
次のアプローチは、「自分と周囲との関係性」や「物事の構造」に目を向けること。
上手くいかない・違和感があるとき、それは必ずしも「自分の問題」だけではなく、 構造的なズレ が起きている可能性がある。
例えば、「ミーティングが停滞しがちな時、自分の役割を変えるだけではなくて、その場の人々の関係性・認知のズレ、場のルールを調整してみる」みたいな。
つまり、「関係性を再構築する」という視点。自分の行動だけではなく、関わる場や集団の行動や認識をチューニングするアプローチ。
まとめ
「これは自分のコダワリなのか、トラワレなのか...」と考えるのは大切だけど、そうやって哲学し続けても恐らく解決しないと思う。少なくとも自分は解決しなかった。
自分が楽しめる実験的な試行錯誤を通じて、種を植えてみて、水をやり、芽が出てから「こだわっている」のか「囚われているのか」を考察するみたいなサイクルが大事。 そうやって、自分に合う健全で楽しい認識の健康診断の頻度とアプローチを身に着けていくと良いのかなと思う。